津地方裁判所 平成7年(ワ)231号 判決 1997年7月17日
原告
西川哲也
外四九名
右五〇名訴訟代理人弁護士
村田正人
同
石坂俊雄
同
福井正明
同
伊藤誠基
被告
志摩環境整備有限会社
右代表者代表取締役
生川芳子
右訴訟代理人弁護士
浅井得次
同
森田辰彦
同
大島都
主文
一 原告らが被告に対して、別紙第一物件目録1ないし4記載の土地を産業廃棄物最終処分場(管理型)にすることについての原告らの同意が無効であることの確認を求める請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
一 被告が別紙第一物件目録1ないし4記載の土地を産業廃棄物最終処分場(管理型)にすることを同意(承諾)する旨の原告らの同意(承諾)は無効であることを確認する。
二 被告は、原告らに対し、各五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告らに対し、別紙同意書目録記載の同意書(承諾書)を返還せよ。
第二 事案の概要
一 原告らの主張
1 当事者
(一) 原告ら
別紙原告目録1ないし50記載の原告は、別紙第一物件目録1ないし4記載の土地(被告の産業廃棄物最終処分場の計画地、以下「本件計画地」という)の敷地境界から概ね五〇〇メートル以内に居住している住民である。
別紙原告目録1ないし13記載の原告は、別紙第二物件目録の物件の表示欄記載の各土地をそれぞれ所有している。右各土地は、本件計画地の敷地境界から概ね一〇メートル以内にある。
(二) 被告
被告は、産業廃棄物処理業、産業廃棄物収集運搬の事業などを目的とする資本総額三〇〇万円の有限会社である。
2 被告の産業廃棄物最終処分場計画
被告は、本件計画地に次のような産業廃棄物最終処分場を計画している。
① 施設の種類 最終処分場(管理型)
② 施設の規模・能力 埋立容量三万一七七七立方メートル
計画面積七〇五八平方メートル
③ 施設の設置予定地 別紙第一物件目録1ないし4記載の土地(実測面積七〇五八平方メートル)
④ 予定埋立物 燃えがら、汚でい、紙くず、木くず、廃プラスチック類、ガラス及び陶磁器くず、金属くず、ゴムくず、建設廃材の九種類
3 被告による同意書の取得
三重県産業廃棄物処理指導要綱(以下「本件指導要綱」という)第六条は、処理事業者が、産業廃棄物の処理施設の設置等の事業計画の策定をするにあたっては、地域関係者等に事業計画その他必要な事項について説明し、隣接地(計画地の敷地境界から概ね一〇メートル以内)の土地所有者全員の同意書及び関係地域住民(計画地の敷地境界から概ね五〇〇メートル以内に居住する者等)の三分の二以上の者の同意書を取得しなければならないと定めている。
したがって、被告は事業計画について説明したうえ、別紙原告目録1ないし13の原告ら(隣接地の土地所有者)全員の同意書と、同目録1ないし50の原告ら(関係地域住民)の三分の二以上の者の同意書を取得する必要があったところ、被告は平成五年五月下旬から同年七月上旬にかけて、原告らから同意書(以下「本件同意書」という)を取得した。
4 同意無効確認請求
(一) 錯誤無効
本件指導要綱によれば、事業計画者は地域関係者から同意書をとるに際して、事業計画その他必要な事項を説明することが要求されているが、被告会社取締役生川信夫は原告らから同意を取得するにあたって、事業計画について虚偽の説明を行った。
すなわち生川信夫は、投棄する廃棄物の内容については「本件計画地の前所有者が捨てていた建築廃材を正式に投棄したいので同意して欲しい」との説明しかせず、その他の廃棄物については全く説明をしなかった。しかし、被告が計画する管理型最終処分場で埋設される産業廃棄物は、前記2のとおり、建築廃材だけではなく、燃えがら、汚でい、廃プラスチック、ゴムくず、金属くず、ガラスくず及び陶磁器くずと多岐にわたっているのであり、生川信夫の右説明は虚偽である。また、被告は当初から本件計画地を産廃処理場許可付敷地として第三者に転売する計画であり、被告自身が処理業を行う予定はなかったにもかかわらず、原告らに対してはその事実を秘匿し、被告が事業主体であるかのような虚偽の説明をした。さらに、被告は本件同意を得るにあたって、「区長が印をもらってこいとのことなので来た」とか、「公害の心配は全くないし住民には絶対迷惑をかけない」などといった虚偽の説明をした。
原告らは、被告の右説明を信じて同意書に署名・捺印したのであるが、後になって右説明は全て虚偽であることが判明した。したがって、原告らの同意は、その重要な部分に錯誤があり、被告もこれを知っていたから無効である。
(二) 公序良俗違反
本件指導要綱は、前記3のとおり、付近住民に対し、環境影響評価の結果も含めて事業計画について正確な情報を提供し、十分な説明をしたうえで同意書を取りつけることを求めている。しかるに、被告は、計画面積について、当初は四八九四平方メートルと説明していたにもかかわらず後になって七〇五八平方メートルと拡大し、事業内容についても前記(一)のとおり虚偽の説明をした。右のような同意書の取得は公序良俗に反し無効である。
(三) 以上のとおり、原告らの本件同意は無効であるが、被告は本件同意の有効を主張し、産業廃棄物処理施設設置計画を強行しようとしている。
よって、原告らは被告に対し、錯誤無効及び公序良俗違反に基づいて、本件計画地を産業廃棄物処理施設にすることに同意する旨の原告らの同意が無効であることの確認を求める。
5 慰謝料請求
原告らは、前記4のとおり、本件同意書を被告に騙取され、その意思に反する同意書を被告の事業計画書の添付書類として平成七年三月二二日伊勢保健所に提出行使されたことにより、あたかも被告の最終処分場に同意しているかのごとき扱いをされ、その氏名権(人格権)を著しく侵害された。原告らは、同意書を譲渡したことで、度会町の他の区の区長から大変な非難を受けており、同意書の返還や撤回のために仕事を犠牲にしてまで伊勢保健所や三重県庁に出掛けたりして東奔西走せざるをえない状態である。原告らは、被告による本件同意書の騙取・悪用・返還拒否の不法行為によって著しい精神的苦痛を受けているのであって、その苦痛を慰藉するとすれば、各金五万円は下らない。
よって、原告らは被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として各金五万円及びこれに対する不法行為の日の後となる訴状送達の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
6 所有権に基づく同意書の返還請求
本件同意書は現在被告が所持しているが、右各同意書はそれぞれ各原告の所有に属するものである。すなわち、本件同意書面の雛形は被告において準備したが、雛形それ自体は全く価値はなく、原告らが同意の署名・押印をすることによって初めて価値のある文書に変化するものであるから、原告らは民法二四六条(加工)の規定の準用により、署名・押印をした時点で同意書の所有権を取得している。そして、原告らは本件同意書を被告に譲渡したが、右譲渡は前記4のとおり、生川信夫の詐欺(虚偽説明)に基づくものであるから、原告らは平成九年五月一五日の本件口頭弁論期日において右譲渡を取り消す旨の意思表示をした。
よって原告らは被告に対し、所有権に基づいて本件同意書の返還を求める。
二 被告の主張
1 当事者について
原告らの主張1項の事実は認める。
2 被告の産業廃棄物最終処分場計画について
原告らの主張2項の事実のうち、②施設の規模・能力及び③施設の設置予定地の埋立容量、計画面積及び実測面積については否認し、その余の事実は認める。すなわち、被告は保安距離を十分なものとするため、擁壁等の設置場所を境界から二メートル内側に下げたため、埋立容量が三万一七七七立方メートルから二万九一二三立方メートルに縮小されている。しかも右容量は、ゴムシートを保護するための覆土六〇三一立方メートルを含むため、実質的な埋立容量は二万三〇九二立方メートルとなっている。これに伴い、計画面積も七〇五八平方メートルから六八五七平方メートルに縮小されている。
3 被告による同意書の取得について
原告らの主張3項の事実は認める。
4 同意無効確認請求について
(一) 確認の利益の欠如
原告らの同意無効確認請求は、次のとおり、確認の利益を欠くものであり不適法である。
(1) 原告らの各同意は、被告が産業廃棄物最終処分場の建設許可を得るにあたり行政手続上要求されているものにすぎず、右各同意により直接原被告間の権利関係に変動を来すものではない。したがって、右各同意の効力の存否は現在の原被告間の権利関係にかかわらないものといわざるを得ず、確認の対象として不適格というべきである。
(2) また、確認の訴えは、即時確定の利益がある場合、換言すれば、原告の権利または法律的地位に現に危険または不安が存在し、かつこれを除去するために被告に対して確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許されるものである。この点、仮に原告らの主張するごとく、原告らの各同意に錯誤があったとしても、それにより侵害される原告らの権利または法律的地位は甚だ抽象的なものであり、未だ原告らの有する権利に対して具体的な権利侵害の危険があるとは認められない。したがって、本件は、未だ原告らの権利または法律的地位に現に危険または不安が生じ、確認判決をもってこれを除去するに適する場合とは言い難く、即時確定の利益が認められない。
(二) 錯誤無効について
原告らの主張4項(一)の事実のうち、被告会社取締役生川信夫が原告らに対し「区長が印をもらってこいとのことなので来た」「公害の心配は全くないし住民には絶対迷惑をかけない」と述べたことは認める。しかし、右説明はいずれも事実であり、虚偽の説明とは言い得ない。
原告らの主張4項(一)の事実のうち、原告らに対し「従前と同じ建築廃材を投棄する」としか述べなかったとの点は否認する。生川信夫は、各原告らを個別に訪問して、本件処分場に関する詳細な説明を行っている。すなわち生川信夫は、署名用紙が「下記表示の土地を産業廃棄物安定型、管理型、の最終処分場にする事を承諾」する趣旨のものであることを示したうえで、投棄される産業廃棄物の種類につき、「今まで捨ててあった建設廃材、ガラス、陶磁器くず、ゴムくずのほか、廃プラスチック類も捨てます。廃プラスチック類とは、自動車を解体して金属を除いたクズを一五センチメートル以下に裁断したものです。これが安定型です。また、汚泥や燃えがらも捨てます。台所で洗剤を使用して流れてきたものが下水にたまって泥になったのが汚泥です。燃えがらには、かまどで燃やした灰も含まれます。これが管理型です」とその内容を具体的に説明した。
したがって、生川信夫が原告らに対し虚偽の説明をしたことはなく、原告らは本件各同意が「産業廃棄物の管理型最終処分場」の建設に対するものであることを承知の上で同意したものであるから、原告らの同意に錯誤はない。
(三) 公序良俗違反について
原告の主張4項(二)のうち、被告が原告らに対し十分な説明をしなかったとの点は否認する。被告は、環境影響評価の結果報告書を上久具と田間の各区長に手渡し説明しているし、生川信夫が原告らに対し十分な説明を行ったことは、前記(二)のとおりである。また、計画面積については分筆前の公簿面積を同意書に記載しただけであり、実測面積がそれより大きかったにすぎない。
したがって、本件同意の取得が公序良俗に反することはない。
5 慰藉料請求について
原告らの主張5項の事実は否認する。被告は前記4のとおり、本件同意書を騙取したことはなく、原告らは本件同意が産業廃棄物の最終処分場(管理型)の建設に対するものであることを認識して同意したものであるから、原告らの主張するごとき人格権の侵害の事実はない。
6 所有権に基づく同意書の返還請求について
原告らの主張6項の事実は否認ないし争う。
三 原告らの反論
本件無効確認請求の訴えには、確認の利益があり適法である。
すなわち、確認の利益は、確認判決をすることが当該紛争の解決にとって有効適切ないし実効性があると判断した場合に認められる。また、確認の利益の有無が問題となるのは、訴訟制度の効率面から無用な訴訟の排除や私人の不当な応訴の煩から解放してその法律生活の安定を守り、国家の裁判権の過度な介入を防ぐなどの要請があるからであり、右のような消極的事由が生じない場合には広く確認の利益を認めるべきである。
これを本件について考えると、処理事業者は、前記一3のとおり地域住民らの同意を得た上で、当該計画地を管轄する保健所長に産業廃棄物処理事業計画書を提出して事前協議を行わなければならず(本件指導要綱七条)、事前協議の結果、保健所長より事前協議終了の通知を受けて初めて、処理業者は三重県知事に当該産業廃棄物処理施設の設置申請許可を求めることが可能となる(同一一条、一三条)。すなわち、地域住民らの同意は、産業廃棄物処理施設を設置する際の事前協議に必須の要件であるから、この同意がなければ事前協議は終了せず、産業廃棄物処理施設の許可申請手続はそれ以上進行しない。したがって、被告が原告らに虚偽の事実を告げて取得した本件同意が無効になれば、産業廃棄物処理施設の許可申請手続は進行せず、その結果、産業廃棄物処理施設の許可が下りないことになる。よって、本件同意の無効確認を求めることは、紛争解決にとって有効適切な方法であり、即時確定の必要性もあるから、確認の利益がある。また、本件同意の無効確認訴訟は、訴訟制度の効率面や私人の法律生活の安定や国家の裁判権の過度な介入の面から考えても、何ら問題はないから、確認の利益があるというべきである。
四 争点
1 本件無効確認請求に係る訴えには確認の利益があるかどうか。
2 右訴えに確認の利益がある場合、原告らが被告に対してなした右同意は無効かどうか。
3 被告会社取締役生川信夫は、原告らから本件同意を取得するに際して、原告らに対し不法行為を行ったかどうか。
4 原告らの被告に対する、所有権に基づく別紙同意書目録記載の同意書の返還請求の可否
第三 当裁判所の判断
一 本件無効確認請求に係る訴えには確認の利益があるかどうか。
1 確認の訴えにおけるいわゆる確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められるものである。
この点、原告らは、本件訴訟で同意の無効が確認されれば産業廃棄物処理施設の事前協議手続は進行せず設置許可は下りないのであるから、無効確認判決は紛争の抜本的解決をもたらすものであり、本件訴えには確認の利益があると主張する。
2 そこで、原告らの右主張の当否について検討するに、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という)は、産業廃棄物処理施設の設置について許可制を採用しており(同法一五条一項)、都道府県知事は許可申請に係る産業廃棄物処理施設が、一五条二項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならないと定めている。同法一五条二項各号の要件とされているのは、右施設が厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については総理府令、厚生省令)で定める技術上の基準に適合していること、及び、産業廃棄物の最終処分場である場合には厚生省令で定めるところにより災害防止のための計画が定められているものであることの二要件である。他方、三重県では、廃棄物処理法の右規制の他に、産業廃棄物の適正な処理施設の確保と適正な処理処分の推進を図る目的のもと、独自に本件指導要綱を定めており、右要綱では、処理事業者が、廃棄物処理法上の設置許可申請を行うに先立ち保健所長と事前協議をすること、右事前協議を申し出るにあたっては、地域関係者への事業計画の説明や付近住民からの同意書の取得などの事前調整を了さなければならないことが定められている。このような付近住民の同意を要求した条例等の定めはなく、本件指導要綱は法律等の委任を受けて制定されたものでもない。
右によれば、付近住民の同意書添付は法律ないし条例自体に許可の要件として規定されているものではなく、三重県が、事業主と付近住民の紛争を事前に防止し、住民の安全、健康等の保持、公害の防止その他の環境の整備保全を図るという所期の目的を達成するために、行政指導の一環として、その取得を要請しているものに過ぎないものである。そして、行政指導は、その性質上直接的な強制力を持つものではなく、指導の相手方の任意の協力を通じて所期の行政目的を達成しようとするものであるから、行政指導に従うことを行政行為の条件とすることは法治主義の原則に照らして許されず、被告が本件産業廃棄物処理施設設置許可手続において、付近住民の同意書を添付しなかったとしても、三重県知事は、行政指導の要件を充たしていないことのみを事由として、許可申請を却下する等、被告を法律上不利益な立場に置くことはできないものといわなければならない(行政手続法第四章行政指導参照)。
3 そうとすれば、原告らの主張するように、仮に本件同意が原告らの真意に欠けるものであったとしても、そのことによって本件産業廃棄物処理施設設置の許可要件が欠けるという法的関係にはないのであるから、無効確認判決により本件産業廃棄物処理施設設置の許可申請手続が進行しなくなるとはいえず、確認判決が紛争解決に有効適切な方法であるとはいいがたい。さらに、仮に本件訴訟において、原告らと被告との間で本件同意が無効であるとの確認がされたとしても、三重県知事その他関係行政機関には本件判決の既判力は及ばないのであるから、同知事等は本件判決の結論には何らとらわれることなく同意が原告らの真意によるものであるか否かを判断することが可能であり、この点からしても、本件無効確認判決が紛争解決に有効適切な方法であるということはできない。
以上によれば、原告らが本件産業廃棄物処理施設設置について水質汚濁等の懸念を持つとしても、本件において無効確認判決をすることは、原告らと被告間の法律上の紛争を解決するに有効適切な場合であるとはいえないのであるから、本件無効確認請求に係る訴えは確認の利益を欠き却下すべきものというのが相当である。
二 被告会社取締役生川信夫は、原告らから本件同意を取得するに際して、原告らに対し不法行為を行ったかどうか。
原告らは、生川信夫は虚偽の説明をなして原告らから同意を詐取したものであり、右同意詐取により原告らは人格権ないし氏名権を侵害されたと主張するので、以下検討する。
1 投棄する廃棄物の内容について
原告らは、生川信夫は本件同意を得るにあたって、「従前の建築廃材と同種のものを埋め立てる」との説明しかせず、有害な産業廃棄物を投棄するとは説明しなかったと主張し、原告藤田幸平、同矢部栄次及び中村武司も原告本人尋問において同趣旨の供述をしている。これに対して、被告は右事実を否認し、生川信夫は証人尋問において、「安定型の説明としては『従前のゴミ(建設廃材)を捨てる。また、自動車の解体のときの、金属を除いた廃プラスチックを一五センチに切ったものを入れる』と説明した。管理型の説明としては『汚泥を捨てる。洗剤を使ってどぶへ出た水が汚泥になる。それからかまどから出る燃えがらも扱う。紙くず、木くずも扱う』と説明した」とし、投棄する廃棄物の内容を具体的に説明した旨を供述している。
そこで、右各供述の信用性について検討するに、甲二一、二二号証、甲三〇号証、甲三三号証及び甲四八号証(いずれも各原告の陳述書)によれば、原告飯田辰雄は、「生川信夫から、処分場について汚泥を加えるという説明を聞いた。安定型、管理型などは初めて聞く言葉であった」と陳述していること、原告中村吉久、同尾崎典弘、同北村金雄及び同中村幹は、概ね「生川信夫から、自動車の廃プラスチックを一五センチ程度に切った物を土と交互に埋めてサンドイッチ状にするという説明を受けた」旨を陳述していることが認められる。右事実によれば、生川信夫は少なくとも右各原告に対しては、投棄する廃棄物の内容について具体的に説明したことが認められるが、関係各証拠を精査しても、生川信夫が右各原告らのみに特別詳しい説明をしたことを窺わせる証拠は存在しないのであるから、他の原告らに対しても、生川信夫は投棄する産業廃棄物の内容について具体的な説明をしたものと推認するのが相当である。また、乙一二号証の一ないし二四によれば、本件同意書には「当該物件所在地が産業廃棄物安定型、管理型、の最終処分場にする事を同意致します」との文言が記載されていることが認められるから、原告らは同意書に署名・押印する際、同意が産業廃棄物最終処分場建設に関するものであることを認識していたものと推認される。
以上によれば、生川信夫が「従前のゴミを捨てる」との説明しかせず、産業廃棄物を投棄するとの説明はなかったとの原告らの右供述な直ちに信用することができず、他に原告ら主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。
2 事業主体について
甲六七ないし六九号証、甲七一ないし七四号証、甲七六号証及び生川信夫の証人尋問結果によれば、被告は当初から本件計画地を産廃処理施設許可付敷地として第三者に転売する計画を有していたこと、生川信夫は同意書を取得するにあたって原告らに右転売計画を説明せず、処理施設の事業主体は被告であるとの説明をしたことが認められる。そして原告らは、生川信夫は事業主体について虚偽の説明をしたものであると主張する。
そこで検討するに、乙一号証及び弁論の全趣旨によれば、伊勢保健所長に対して提出された本件産業廃棄物処理事業計画書においては被告が申請者となっていること、三重県知事に対する処理施設設置許可申請も被告の名前において行うことが認められるのであるから、生川信夫が原告らに対し、事業主体は被告であると説明し今後の転売計画について説明しなかったとしても、それを直ちに虚偽の説明であるとか同意の詐取であるとまでいうことはできないというべきである。原告らの右主張は採用することができない。
3 計画面積について
乙一号証、乙一二号証の一ないし二四及び弁論の全趣旨によれば、本件同意書に記載されている本件計画地の面積は計四八九四平方メートルであること、被告の事業計画書における計画面積は計六八五七平方メートルであることが認められる。そして原告らは、生川信夫は計画面積についても虚偽の説明をしたものであると主張する。
そこで検討するに、乙一号証、乙七号証の一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、本件同意書に記載されている面積は分筆前の登記簿上の公簿面積であり、事業計画における計画面積は実測面積であることが認められるのであるから、本件同意書に記載された面積をもって虚偽の説明であるということはできない。原告らの右主張は採用することはできない。
4 その他の説明について
本件同意を得るにあたって、生川信夫が原告らに対し、「区長が判をもらってこいとのことなので来た」「公害の心配は全くないし住民には絶対に迷惑をかけない」と説明したことは当事者間に争いがない。そして、原告らは右説明は客観的事実に反し虚偽であると主張する。
そこで、まず区長の指示について検討するに、原告藤田幸平は原告本人尋問において、「後で聞いたところ、区長は各戸をまわって判をもらってこいとは言っていないとのことだった」と供述する。しかし他方、生川信夫は証人尋問において、「区長から、現地に近いところから順次同意を取るように指示された」と供述しているのであり、関係各証拠を精査しても、生川信夫の右供述の信用性を否定するに足りる書証その他の客観的証拠は提出されていない。このような場合においては、原告藤田幸平の右供述は、相当の裏付けがない限り、原告らの主張を真実と認めるに足りる証拠とはなりえないが、本件訴訟においては、そのような的確な裏付け証拠は提出されていない。したがって、原告らの主張の右事実は、これを認めるに足りる証拠がないというべきである。
次に、生川信夫が「公害の心配は全くない」と説明したことについて検討するに、産業廃棄物処理施設の設置は、前記一2に説示したとおり、都道府県知事が廃棄物処理法の要件に照らして許可をするものであり、許可要件としては、事業計画が厚生省令・総理府令の定める技術上の基準に適合していること及び厚生省令で定めるところにより災害防止のための計画が定められているものであることの二要件が要求されている。そして、申請に係る処理施設が廃棄物処理法に定められた右基準を満たしている場合には、当該施設は少なくとも法律上要求される安全基準については、これを充たしているものといいうるのであり、この場合に、処理業者が「公害の心配は全くない」と説明したとしても、それが客観的事実に反し虚偽であるとまでいうことは困難である。そして、本件において、被告の事業計画が廃棄物処理法に定める許可要件を充たさないものであることを認めるに足りる証拠は提出されていないから、原告らの右主張事実はこれを認めるに足りる証拠がない。
5 以上によれば、生川信夫が本件同意書を取得するにあたって、原告らに対し虚偽の説明をして同意を詐取した事実を認めることはできず、生川信夫が原告らに対して不法行為を行ったとの原告らの主張は理由がない。
三 原告らの被告に対する、所有権に基づく別紙同意書目録記載の同意書の返還請求の可否
原告らは、同意書に署名・押印した時点で民法二四六条の準用により本件同意書の所有権を取得したと主張し、被告に対して所有権に基づく本件同意書の返還請求をする。しかし本件同意書の所有権は、原告らの署名・押印後も、その書面自体を持参した被告に帰属していると解するのが相当であり、原告らが所有権を取得したとは解しえない。本件に民法二四六条が準用されるとの原告らの右主張は、独自の見解であって採用することができない。したがって、原告らが本件同意書の所有権を有することを前提とする原告らの右主張は理由がない。
四 結論
以上によれば、原告らが被告に対し、本件同意の無効確認を求める部分の請求に係る訴えは確認の利益がないから却下し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大津卓也 裁判官新堀亮一 裁判官渡邉千恵子)
別紙物件目録<省略>
別紙同意書目録<省略>